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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2782号 判決

控訴人(原告)

中島徹

被控訴人(被告)

東急不動産株式会社

代理人

花岡隆治

外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和四二年一〇月一日山一証券株式会社に対して発行した公募分一七六万六、七五〇株の新株発行はこれを無効とする。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係《省略》

理由

一、被控訴会社の昭和四二年九月八日開催の臨時取締役会において訴外山一証券株式会社に対し公募株式数一七六万六、七五〇株、発行価額一株につき一一五円、売出期間昭和四二年九月二一日から同月二六日まで、引受手数料一株につ金五円という条件で買取引受させる旨の決議をし、同日山一証券株式会社との間に

(1)  山一証券株式会社は一七六万六、七五〇株を一株につき一一五円の割合で被控訴会社より買取引受をする。

(2)  右株式売出要領は売出株数一七六万六、七五〇株、売出価額一株につき一一五円、売出期間昭和四二年九月二一日から同月二六日まで、株券交付日同年一〇月二日とする。

(3)  山一証券株式会社は同年九月三〇日に右株式に対する払込金として一株につき一一五円を払込むものとする。

(4)  右株式の引受手数料は一株につき金五円として同年一〇月二日に被控訴会社から山一証券株式会社に支払うものとする。

旨の買取引受契約を締結したことおよびこの契約に基いて被控訴会社が訴外山一証券株式会社に対し本件新株を発行したことはいずれも当事者間に争がない。

そうすると右買取引受契約によつて被控訴会社は訴外山一証券株式会社に対し約定数までの新株を発行する義務と定められた引受手数料を支払う義務を負い、山一証券株式会社は約定数の新株の買取引受義務と売出義務、すなわち被控訴会社から引受けた本件新株について引受価額と同一価額をもつて新株買主を募集する義務を負うものであつたということができる。しかして右争のない事実に〈証拠〉を総合すれば、右買取引受においては訴外山一証券株式会社は約定の新株を自己名義で一括して引受け(被控訴会社に対し自己名義で株式の申込をし、山一証券株式会社が原始株主となる)、この株式を売出す(山一証券株式会社が一旦原始株主となつたうえで応募者に対しその株式を裏書譲渡する)もので、売残り分については山一証券株式会社が引受ける義務を負うものであつたことがうかがわれ、これに前記のとおり被控訴会社が約定数までの新株発行義務を負うものであつたことをあわせ考えれば、右買取引受契約は実質的には委託募集の方法としてなされたものとはいえ、それは訴外山一証券株式会社に対する新株引受権付与契約を含むものであり、これによつて被控訴会社は訴外山一証券株式会社に対し本件新株の引受権を与えたものであることは明らかであつて、訴外山一証券株式会社が引受にかかる全株式を引受価額と同一価額をもつてその顧客たる一般公衆に売出すことがあるからといつて右判断を左右するに足りない。もつとも現行商法第二八〇条ノ二第二項は株主以外の第三者に対して特に有利な発行価額をもつて新株を発行する場合には、それが第三者に対して新株引受権を与えるものであるか否かにかかわりなく、株主総会の特別決議を経ることを要するものとしているのであるから、その意味では訴外山一証券株式会社に対し本件新株の引受権を与えたものであるか否かはそれ程問題にする必要はなく、被控訴会社が右買取引受契約の義務の履行として訴外山一証券株式会社に対し新株を発行することは株主以外の者に対し新株を発行することにほかならないから、もし訴外山一証券株式会社に対する右新株の発行が特に有利な発行価額をもつてなされたものとすれば、それは商法第二八〇条ノ二第二項に該当し、株主総会の特別決議を経ることを要するものといわなければならない。

二、そこで訴外山一証券株式会社に対する本件新株の発行が特に有利な発行価額をもつてなされたものであるか否かについて判断する。

前記取締役会決議による新株発行価額決定の日の前日の被控訴会社株式の価額が一三三円、決定前一週間平均株価が一三一円二九銭、同一ケ月間の平均株価が一二五円九三銭であり、また右決議当日における被控訴会社の資本金が二〇億五、〇〇〇円、旧株数が四、〇一五万五、五〇〇株、発行新株数が二、一八四万四、五〇〇株、右決議当時の配当率が年一割五分であつたこと、発行新株数のうち訴外山一証券株式会社の引受分を除くその余の新株がすべて額面価額五〇円で株主に割当てられたことおよび割当基準日が昭和四二年七月二〇日であつたことは当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、旧株と新株の配当差が三円七五銭であつたこと、予想配当率も現行配当率と同率であり、資本状態には特別変化がなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしてこれらの事実に〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち(1)被控訴会社においては本件新株の発行価額の決定については特に慎重を期し、昭和四二年四月以降の訴外山一証券株式会社からの種々の助言等により乙第六号証の三(公募価額算定資料、これは山一証券株式会社が本件新株の大蔵大臣に対する届出に先立ち大蔵省当局に参考資料として提出したものと同一内容様式のものである。乙第六号証の一参照)と同様の様式により独自に発行価額の試算を行つていたが、公募条件を決定する臨時取締役会が開催された昭和四二年九月八日の一週間前である同年九月一日に公定歩合が一厘引上げられ、証券取引市場の内部事情もいままでになく悪く、警戒体制を解くわけにはいかないというような客観的経済状勢にあり、被控訴会社の株価も上昇する見透しはなく、むしろ下降するおそれがある状態にあつたので、同年九月七日の被控訴会社の株式の終値が一三三円であることが判明するやいなや、乙第五号証の三と同様の様式によつて株価を算定した結果、右取締役会決議による新株発行価額決定の日の前日の株価は一三三円、決定日前一週間の平均株価は一三一円二九銭、同一ケ月間の平均株価は一二五円九三銭であるが、当時旧株の配当金は一株につき三円七五銭であり、旧新株の配当差が三円七五銭であるため、旧株の株価をそのまま基準とすることができないので、右株価より右配当金相当額を差引いて修正し、決定日の株価は一二九円二銭、決定日前一週間の平均株価は一二七円五四銭、同一ケ月間の平均株価は一二二円一八銭との結果をえた。次に発行価額決定の日の前日から払込期日までの株価は一割ないし二割方上下するのが普通であるが、当時の時点においては前記のとおり株価が下降する見込が強かつたことその他被控訴会社の財産状況、収益状況、発行新株式数等を考慮した結果、発行価額は一一五円ならば公正な発行価額といえるので、一一五円を下らない価額に決定されるべきものと考えていた。(2)他方訴外山一証券株式会社は昭和四二年四月頃被控訴会社から、資本の増加額についての調整、増資払込の平準化を図るなどのため設けられ金融界証券界などの代表から成つている増資等調整懇談会に対し増資の申出をして欲しい旨の依頼を受け、訴外山一証券株式会社が被控訴会社の幹事会社になることが予定されていたので、その後専門業者の立場から公募価額の決定について被控訴会社に助言をし、乙第八号証の資料等を作成しながら公募価額について研究を進めていたが、同年九月七日の被控訴会社の株式の終値が一三三円であることが判明するやいなや、乙第六号証の三と同様の様式により、それに記載されている被控訴会社の資本金、発行新株数、旧株の出来高、配当率、公募価額決定日前日の株価、決定日前一週間の平均株価、同一ケ月間の平均株価、旧新株の配当差、払込期日までに予想される一般的市場の情況等を勘案して、公募価額について一一〇円、一一五円、一二〇円の三案を試算した。しかし昭和四二年九月八日の朝被控訴会社において被控訴会社と訴外山一証券株式会社との最終の話合が行われ、その席上山一証券株式会社は一一〇円の案を主張したが、被控訴会社は一一五円以上で新株の売捌きが可能であることを主張して結局一一五円の案に落着いたので、同日開催の被控訴会社の臨時取締役会において公募価額を一一五円と決定した。(4)なお、右に述べたような方法による公募価額の算定は従来実務上の慣行として一般に行われていたものであつて、かつ大蔵省の指導方針にも合致していた。(5)さらに従来公募価額決定の日の前日の株価で新株を発行するときは新株の発行が成功しないということも考えられるので、右株価の一割ないし一割五分程度の低い価額で公募価額が決定される例が多かつたが、前記公募価額決定の日の前日の被控訴会社の株式の時価一三三円から配当金相当額三円七五銭を差引いた株価一二九円二五銭と右公募価額一一五円との差の右株価との割合は一割一分であつた。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、商法第二八〇条ノ二第二項にいう特に有利な発行価額とは通常新株を発行する場合に発行価額とすべき価額つまり公正な発行価額と比較して特に低い価額をいい、しかして公正な発行価額というのは、新株の発行が会社の資金調達のために行われ、従つて新株の全部について引受および払込がなされることを要する反面、新株の発行によつて旧株主の有する株式の価額が低落し旧株主が不利益を被ることを極力防止することを要する点にかんがみるときは、新株の発行により企図される資金調達の目的が達せられる限度で旧株主にとり最も有利な価額であると解されるところ、本件新株の発行価額一一五円が果して右にいう公正な発行価額であつたか否かはにわかに断定し難いが、前記認定の事実に徴するときは、少くとも著しく不公正な価額、すなわち特に有利な発行価額であるといいえないことは明らかである。

控訴人は本件新株の発行価額は前記臨時取締役会の決議がなされた日の前日である昭和四二年九月七日の被控訴会社の株式の時価によるべきものであつて、右時価一株につき一三三円をもつて公正な価額というべきであると主張するが、一般に証券取引市場においては発行価額の決定の日の前日から払込期日までの株価は一割ないし二割方上下するのが普通の状態であり(現に乙第六号証の三によれば、本件新株決定の日の二一日前である昭和四二年八月一八日の被控訴会社の株式の終値は一一〇円であつた)、殊に本件の場合は公定歩合の引上により証券取引市場の内部事情もいままでになく悪く、被控訴会社の株価も下降するおそれがある状態にあつたことは前記のとおりであるから、控訴人の主張するように発行価額決定の日の前日の株式の時価によるべきものとするのは相当でなく、また前記のとおり訴外山一証券株式会社は本件新株の発行価額について一一〇円、一一五円、一二〇円の三案のうち最も低い一一〇円の案を主張したぐらいであるから、もし被控訴会社において控訴人主張のように発行価額を一三三円と決定したとすれば、山一証券株式会社は買取引受をしなかつたであろうこと、従つて本件新株発行による資金調達の目的は達成されなかつたであろうことが推認されるのである。なお〈証拠〉によれば、被控訴会社の株式の昭和四三年五月二〇日および同月二一日の時価が三六五円、三七三円であることが認められるが、公正な価額であるか否かは発行価額を決定した時点において判断すべきものであり、株式市場の動向については払込期日までの予め推定される株式の価額を考慮すれば足り、遠い将来における株価の変動をも予測したうえで判断すべきものではないから、右株式の時価は本件新株の発行価額の公正性を判断する資料とすることはできない。従つて控訴人の右主張は採用し難い。

また控訴人は本件新株の発行価額は実質上、一株につき一一五円から訴外山一証券株式会社が被控訴会社より支払を受けた引受手数料一株につき金五円を差引いた一一〇円であり、これを右時価一三三円と比較すると約一七、二九パーセント低いから、被控訴人は特に有利な発行価額をもつて訴外山一証券株式会社に対し新株引受権を与えたものであると主張するが、当審証人堀江鎮夫の証言によれば、右の引受手数料は訴外山一証券株式会社が引受けた本件新株の売捌きの手数料とこれに売残つた場合売残り分の新株の価額相当額を山一証券株式会社において負担しなければならない危険に対する保証料をも加味した趣旨で被控訴会社から訴外山一証券株式会社に対し支払われるものであることが認められるから、右引受手数料は本件新株の発行価額とは関係なく訴外山一証券株式会社が支払を受くべきものであつて、本件新株の発行価額より差引くべき性質のものではない。また新株の発行価額決定にあたり考慮すべき決定日前日の株価は当日の株式の時価より旧新株の配当差(本件の場合は三円七五銭)を差引いたものであることは前記のとおりであるから、これと新株の発行価額とを比較すべきものであつて控訴人主張の計算方法は正当でない。従つていずれにしても控訴人の右主張はその前提において理由がなく採用することができない。

三、然りとすれば本件買取引受による新株の発行については、株主総会の特別決議を経なかつたことは当事者間に争がないが、それを経ることを要しなかつたものであるから、それを経なかつたことを前提とする控訴人の本訴請求は理由がなく、失当として棄却すべきである。

よつてこれと結論を同じくする原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(浅賀栄 岡本元夫 鈴木醇一)

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